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カマカマの雑草ブログ

個人の日記です

アルノサージュPLUSをあそんだ(ネタバレ注意)

ネタバレ注意。個人の感想です。

アルノサージュ Plus ~生まれいずる星へ祈る詩~

アルノサージュ Plus ~生まれいずる星へ祈る詩~

シェルノサージュOFFLINEをクリアした後、あいだにアルトネリコ1を挟んでいて、そっちをクリアしてからのプレイだったのだけれど今日クリアした。エンディングはちゃんと全種類見た(はず)。さっきエクサピーコの意思エンド見てきたので、その勢いでまた色々書く。お酒を交えながら。

なんでアルトネリコやってたか

これはもう既プレイの友人とか後輩とかに言われたのを信じるがままにやっていて、最初は正直ピンとこない部分があったのだけれど、アルトネリコ自体はPHASE 1終わった辺りから個人的に楽しい展開になってきて思いのほか熱中できた。塔のモチーフとか色々と心に響く所があったりしたので、幼少期にやってたらまた更にこじらせた大人になっていたかもしれない。

アルノサージュとの関係性は、言ってしまえばクロスオーバーみたいな形なので、プレイしていると実際に辿り着いたときのテル族のルーツとかシルヴァプレートとかBGMのアレンジとかPosition: Ar tonelicoとかで感動できる。テル族のは聞いた時にちょっと泣いてた。完全に作中の人物と同じ反応してる。

7次元RPGというメタ感を推したRPG

システムは基本的にはアルトネリコ系譜(らしい、まだ1しかやってないので)なので取り敢えず省くとして、シナリオの話。とにかくシェルノ以上にメタオブメタって感じで、要所要所でこういうのが入ってくる。

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シナリオ・設定的にはちゃんとした意味があって、今思い返してみると「あーこの時点からもうXXXXXXXXXされてたのかな」とか思えたりするし、個人的には好きな表現なのだけれど、こういうのが苦手な人とか、逆にシラケるといった感想を抱く人も存在するということを最近になってようやく認知できたので(人間は往々にして自分の嗜好が是でありマジョリテだと思いがちである、と思う)そういうのが苦手な人はプレイはキツいかなーとは感じた。

そもそも、正直シェルノサージュやってないと話の繋がりがワケ分からないので、あのゲームの続編という位置付け上はフィルタリングされてるのかなとも思ったりする。身近にシェルノ未プレイでやってた人間を知っているけどね。 そういうわけで、アルノサージュやっててシェルノサージュやってない人は是非ともシェルノサージュをやって欲しい。シナリオ的にも、イオンのためにも。

メタ感によって得られるユーザー体験

苦手な人も間違いなく居る、ということを認知の上でも、やっぱりこうしたメタ感を前面に推しだしたシナリオで得られるユーザー体験というのが物凄い好きだということに改めて気付かされた。

このゲームは「インターディメンド」と呼ばれる「ゲームという形で7次元先に実在する世界に干渉する」という設定で「ゲームをしている自分」がシナリオを係る重要な存在として話が展開される。

主人公=プレイヤーなんていうスタンスは「喋らない主人公」系では一般的だけれど、この「ゲームをしているプレイヤー」という存在をそのままシナリオに載せてくるのはかなりの没入感を得られた。元々感情移入しやすい傾向はあったけれど、このゲームは意図してそういったユーザーを選んでいるような気もさせる。

一度主人公の一人であるデルタのインターディメンドが解除されて、その後もう一度インターディメンドする際のキャスティのお願いの場面なんかは感情移入する最たる例で、「ゲームを遊ぶという形で干渉している自分」に全てを託されるので、とても使命感とか責任感とか、「これはクリアして全てを救わなきゃならねえ」という気持ちにさせてくれる。

これは、RPGの"主人公"と"プレイヤー"の同一性を保証する上でとても素晴らしい設定だと思う。主人公プレイヤーの関係性に関わらず、同一性が保証されないと、往々にしてぼくらは微妙な気持ちになる。主人公の思想と自分の思想が乖離してゲームが進んだりとか、めっちゃ強いし設定上も強いハズだったボスが味方になると凄い弱くなるとか、話の根幹に全然関わってこないのに喋らない主人公やってて「仲良しゼミの卒業旅行に混じっちゃった人みたいな気分」を味わうハメになったりとか。 とにかく、こうした所に対してのユーザー体験についての一貫した想いというのは「サージュ・コンチェルトシリーズ」は強く感じられて、それが自分の思っていた「理想のゲーム像」にマッチしたというのはデカい。

ありがとう、さようなら

おそらくトゥルーエンドの「エクサピーコの意思エンド」で、この文言は登場する。このエンディングでのみ流れる「この世界のあなたと、あのセカイのあなたへ」の歌詞にも繰り返し登場する。

このエンディングでイオンは元いた世界「アース(地球)」へと帰ることを決意して、そのためにプリムから教えてもらった「エクサピーコの意思」へとネロと一緒に向かい、共に詩を謳うことで帰還を果たそうとする。そして、その向かう道中で、端末とのコネクションが途切れ、最後にお礼を言われてこのゲームは終了する。つまり、「端末側」からは彼女たちが無事に帰還できたかがどうかは分からない。それでも、作中の中では自分にできる最善の選択と、最善の行動を迎えた結果にあるのがこのエンディングで、僕たちは彼女たちが無事に帰れたかを信じるしか無い、という終わりだと感じた。

さながら「シュタインズゲートでのトゥルーエンドで、牧瀬紅莉栖がこの世界の何処かで生き続けてくれているなら、それでいいと思った岡部倫太郎」と同じような気持ちにさせてくれて、そうした体験を出来てとても心に残ったし、そしてとても寂しく思った。

こういう体験を、きっと全ての端末に感じて欲しかったのだというコンセプトが、これほどにまで強く共感できた作品は、正直生まれて初めてだったかもしれない。 こんな、とても素晴らしい作品を世に送り出してくれたことを、このゲームに関わった全ての人々に感謝したい。

そして、イオンが、いや、結城寧が、アースの何処かで、幸せに生き続けてくれていることを願いながら、ぼくも、前に進もうと思う。

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オチ